新しい・お墓のデザイン・出会いと別離の物語 by 丸谷博男

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2010年 04月 10日

イタリア霊園紀行 by Copyright(c) 霊園墓石のヤシロ 2007 All Rights Reserved.

http://www.yasiro.co.jp/blog/world.htmlからの引用です。

ヨーロッパ霊園視察旅行3ヶ国目イタリアでの2日目は、カルロ・スカルパという建築家がデザインしたブリオン・ベガ墓地です。この日も、雲ひとつない「ベニス晴れ」の一日でした。ブリオン・ベガ墓地は、ベニス本島から北へ車で2時間ぐらいのところにある、トレビゾという田舎町のサン・ヴィトーというところの町の墓地にあります。ここに眠るジョゼッペ・ブリオンという人は、ラジオ職人から一代でヨーロッパを代表する家電メーカーのブリオン・ベガ社を築いた人です。ポータブルテレビやラジオが有名で、これらの復刻版は、日本でも販売されています。ブリオン・ベガ墓地は、ジョゼッペが亡くなった後、妻のオノリーナが、当時、ヨーロッパで脚光を浴びていたカルロ・スカルパに依頼し、1969年に設計がはじめられました。

カルロ・スカルパは、1906年にベニスに生まれた人で、20歳の時に王立ベネチア美術アカデミーを卒業、ベネチア建築大学に就職しますが、実務経験不足などの理由で建築士資格を取得できず、ベネチアンガラスのデザイナーとしてスタートした異色の建築家です。スカルパの作品は、サン・マルコ広場にあるオリベッティーのショールーム(現在はギャラリー)やベネチア建築大学正門などが有名です。この後紹介するブリオン・ベガ墓地にも見られるように、ディテールと職人技にこだわったデザインが素晴らしい、私の大好きな建築家の一人です。

ブリオン・ベガ墓地へ続く田舎道は、ここでも天に伸びるような糸杉の並木が続いています。これは、前回紹介したお墓の島「サン・ミケーレ島」と同じです。イタリア人のお墓に対する心象風景のような気がします。サン・ヴィトーの町の墓地は、一見普通の墓地なのですが、中に入ってみると、まるでRC建築のモダンな家の玄関のようなブリオン・ベガ墓地の入口が、他のお墓と並んで建っていて、はっと息をのみます。でも、決して不釣り合いな突出したものには見えません。スカルパは、ブリオン・ベガ墓地をつくるとき、周辺の環境や他のお墓との調和を大切にしたそうです。


ブリオン・ベガ墓地は、ブリオン家一族のお墓なのですが、お墓というより庭園という方がぴったり来るようなつくりになっています。墓地への入口になっているエントランス棟は、天と地、太陽と月、男と女など、陰陽の象徴であり、中世キリスト教時代には信仰の対象となったシンボリックな二重の輪があります。この二重の輪は、礼拝堂など様々なところに使われています。墓地の中は、芝生広場・疎水・蓮池で構成されていて、その中に、ブリオン夫妻のお墓をはじめ、礼拝堂や一族のお墓などが美しく配置されています。ここまでくるとランドスケープと言っても過言ではありませんね。まるで、ひとつの庭園を見ているようでした。


驚いたのは、物凄く日本的なところです。蓮池もそうですが、その中にある中央に穴のあいた十字形の島のようなものは水琴窟なんです。疎水から蓮池に流れ込む水が、オーバーフローして穴の中に落ち、美しい音色を響かさせます。礼拝堂の横には、モミジが美しい赤い葉をつけ、きれいに刈り込まれたツゲの木の緑とのコントラストが、懐かしい日本の風景を彷彿とさせます。また、礼拝堂の内部には、日本の障子をイメージしたようなドアやどう見ても屏風に見える扉があります。礼拝堂の入口にある水栓(浄め水?)も二重の輪を取り入れてデザインされていますが、家紋のようでとても日本的です。それもそのはず、スカルパは、日本の美に物凄く影響されていて、日本に何度も訪れ滞在しています。そして、1978年11月に仙台で亡くなっているのです。こんな予備知識もなく、面白いお墓があるということだけで、はるばる日本からやってきた私たちは、この話を聞いた時に、日本とイタリアの間を運命の糸で結ばれていたような気がしました。


スカルパが設計したブリオン・ベガ墓地は、ほんとうに素晴らしい。樹木と芝生と水とRC建築の組み合わせ、アールデコ様式の幾何学模様を取り入れたディテール、遊び心あふれるアイデア。現代社会で霊園開発を行っている私たちからしてみても感心したり驚いたりの連続です。1969年に設計がはじめられたブリオン夫妻のお墓の前には、ふたつの水盤がつくられています。ひとつの水盤から水が湧き出て疎水に流れ込むようになっていたのですが、ブリオン夫人が亡くなった2002年に、もうひとつの水盤にも水が通されたそうです。また、スカルパは、墓地の中に芝生広場をつくっています。ここは将来、子供たちが遊ぶ場所にしたいと話していたそうです。時の流れとともに起こりえることを想定した環境のつくり込みです。ひとつのストーリーに基づいて、ゆっくりと環境が姿を変えて行くのです。これは、私たちが霊園開発を考える時に最も大切にすることです。今から37年前に設計が始まった墓地にも、この考え方が取り入れられていたことは、私たちにとって驚きであり、うれしい発見のひとつでした。


ブリオン・ベガ墓地では、もうひとつ、うれしい発見をしました。礼拝堂へ続く道から芝生広場に上がる階段ですが、面白いデザインがされていました。一見上がりにくそうなのですが、人の歩幅を考えてあるため、とても上がりやすいのです。それと、階段を上がる時の足音が音階になって響くのです。スカルパは、子供たちが芝生広場に遊びに行く時に、この音を楽しむ姿を思い浮かべていたのでしょう。ブリオン・ベガ墓地では、才能のある人間が、お墓というものに真剣に取り組むと、万物を調和させながら、ひとつのストーリーの中で、時の流れとともに変化して行く環境をつくりだしてしまうことを目の当たりにしました。日本で亡くなったスカルパのお墓は、この墓地の片隅にひっそりとたたずんでいます。スカルパは、自分自身もここで眠ることをストーリーの中に入れていたかのようですね。

スカルパのブリオン・ベガ墓地は、ほんとうに凄いです。でも、遠い!!町から町を車で走り抜けて行くのですが、だんだん家が少なくなって、大きくなって、農場になって行くのです。そして、最後はイタリアの田園風景が広がります。「ほんとうにあるのかな?」という気になりますよ。でも、墓地には陽気な管理人さんがいます。イタリアの気の良いおじさんという感じの方で、私たちが行った日も、グラッパ(ワインの搾りかすからつくる強いお酒)の仕込みをしているということで良い顔色でした。墓地を締める時間までいてくれたら、自慢のグラッパを持って来るから一杯やろうと言ってくれましたが、ここで呑んじゃうとベニスまで帰れないからとお断りすると残念そうでした。次回は、いよいよヨーロッパ霊園視察旅行の最後の都市、パリです。個人主義と階層社会が確立されている、歴史と芸術の都パリのお墓事情。どんな話が飛びだすか楽しみにしておいてください。

by ohakadesign | 2010-04-10 07:58 | ❏お墓のデザイン・世界


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